スポンサーリンク

百人一首の歌人のうち今上天皇の祖先は何名か?

今上天皇の直系祖先

今上天皇の祖先一覧には、歌人として著名な人物が何人も見られます。そこで、『小倉百人一首』の歌人のうち今上天皇の祖先にあたる人物を調べたところ、29名が該当しました。以下、歌と共に紹介します。

1. 天智天皇

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

天智天皇から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

14. 河原左大臣(源融)

陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに

河原左大臣(源融)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

15. 光孝天皇

君がため 春の野にいでて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ

光孝天皇から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

17. 在原業平朝臣

千早振る 神代もきかず 竜田川 から紅に 水くくるとは

在原業平から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

24. 菅家(菅原道真)

このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢのにしき 神のまにまに

菅家(菅原道真)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

25. 三条右大臣(藤原定方)

名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな

三条右大臣(藤原定方)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

26. 貞信公(藤原忠平)

小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば いまひとたびの みゆきまたなむ

貞信公(藤原忠平)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

27. 中納言兼輔(藤原兼輔)

みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ

中納言兼輔(藤原兼輔)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

39. 参議等(源等)

浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき

参議等(源等)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

44. 中納言朝忠(藤原朝忠)

あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし

中納言朝忠(藤原朝忠)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

45. 謙徳公(藤原伊尹)

あはれとも いふべき人は 思ほえて 身のいたづらに なりぬべきかな

謙徳公(藤原伊尹)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

50. 藤原義孝

君がため 惜しからざりし いのちさへ 長くもがなと 思ひけるかな

藤原義孝から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

51. 藤原實方朝臣(藤原実方)

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを

藤原實方朝臣(藤原実方)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

53. 右大将道綱母(藤原道綱母)

なげきつつ ひとりぬる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る

右大将道綱母(藤原道綱母)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

54. 儀同三司母(高階貴子)

忘れじの ゆく末までは かたければ けふをかぎりの いのちともがな

儀同三司母(高階貴子)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

57. 紫式部

めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな

紫式部から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

58. 大弐三位

有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

大弐三位から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

68. 三條院(三条天皇)

心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな

三條院(三条天皇)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

71. 大納言経信(源経信)

夕されば 門田のいなば おとづれて 芦のまろやに 秋風ぞふく

大納言経信(源経信)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

74. 源俊頼朝臣

憂かりける 人をはつせの 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを

源俊頼から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

76. 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)

わたの原 こぎいでて見れば ひさかたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波

法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

79. 左京大夫顕輔(藤原顕輔)

秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の かげのさやけさ

左京大夫顕輔(藤原顕輔)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

81. 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)

ほととぎす 鳴きつるかたを ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる

後徳大寺左大臣(徳大寺実定)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

83. 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる

皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

91. 後京極摂政前太政大臣(九条良経)

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む

後京極摂政前太政大臣(九条良経)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

94. 参議雅経(飛鳥井雅経)

み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり

参議雅経(飛鳥井雅経)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

96. 入道前太政大臣(西園寺公経)

花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり

入道前太政大臣(西園寺公経)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

97. 権中納言定家(藤原定家)

こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ

権中納言定家(藤原定家)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

99. 後鳥羽院(後鳥羽天皇)

人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は

後鳥羽院(後鳥羽天皇)から今上天皇までの系譜はこちらのページに掲載しています

コメント

タイトルとURLをコピーしました