藤原乙牟漏の基本情報
藤原乙牟漏(ふじわら の おとむろ、天平宝字4年(760年) – 延暦9年閏3月10日(790年4月28日))は、奈良時代末期の皇妃。第50代桓武天皇の皇后、第51代平城天皇・第52代嵯峨天皇の生母となった. ─ 「藤原乙牟漏」『ウィキペディア日本語版』(2019-04-07 13:27:45 UTC更新版)より
藤原乙牟漏は今上天皇の直系祖先です。本ページでは、藤原乙牟漏から今上天皇に至るまでの系譜を掲載しています。「今上天皇の直系祖先まとめ(3000人以上)」とあわせてご覧ください。
生誕: 760年?
死没: 790年4月28日
藤原乙牟漏までの系譜
曽祖父: 藤原不比等 |
祖父: 藤原宇合 |
父: 藤原良継 |
藤原乙牟漏 |
曾祖母: 蘇我娼子 |
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曽祖父: 石上麻呂? |
祖母: 石川国咸大刀自 |
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曾祖母: – |
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曽祖父: 阿倍嶋麻呂 |
祖父: 阿倍粳蟲 |
母: 阿倍古美奈 |
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曾祖母: – |
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曽祖父: – |
祖母: – |
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曾祖母: – |
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